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「吉原炎上」のウソ 35/娼妓と女工 13

新井鉱一郎という福岡出身の小説家がいます。小説は読んだことはないのですが、昭和20年代、組坂松史というペーンネームで雑誌「りべらる」に書いていたルポルタージュは一通り読んでます。

この時代の雑誌はいい加減なものが多くて、その内容を疑わないではいられないのですが、「りべらる」は比較的信用できる雑誌です。とりわけ組坂松史は、毎号、現地に行って人々の話を丹念に聞いており、おおむね事実なのだろうと推測できます。

これらのルポは『女の地図』(あまとりあ社・昭和30年)にまとめられています。

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その内容の意義深さと面白さに比して、古本の価格は安い。内容をよくわかっている古本屋だと2千円くらいつけていることもあって、妥当な金額だと思うのですが、新書ですので、店頭では300円くらいで売られていたりもします。見つけたら迷わず買っていただきたい。連載当時は人気があって、部数も多かったはずですが、現在、組坂松史という名前はほとんど知られていないので、買う人がいないみたい。

当時、組坂松史は佐賀に住んでいたようで、そのため、九州地方のルポが多いのですが、すでに今は残っていない伝統的な性の習俗を取りあげている一方で、戦後の混乱期ならではの現象や、近代化が進むことによって取り残された地域の困窮などをも性という切り口で浮き彫りにしており、他のものでは見られない貴重な記録になっています。

とりわけ注目すべきは売春というテーマです。「なぜ女たちは売春をするのか」という古くて新しいテーマを解釈する際にも、組坂松史のルポは多くを示唆します。

『女の地図』の最後に、埼玉県秩父地方の女工たちを描いた「五十円織姫の性態」という文章が収録されています。今はその名残しかありませんが、秩父は養蚕地だったため、絹織物の産地として知られていました。

織物工場は地主たちが独占し、地主に借金をしている小作農たちは、娘たちを女工として差し出すしかありませんでした。年期は三年、お礼奉公が一年。明治期の労働時間は18時間にも及びました。寝る時間以外すべて労働です。

ご多分に漏れず、外出することもできない。大正時代には、集団で脱走することもあったそうですが、すぐに捕まって元の生活です。

その上、寝ている時間さえも工場主に支配されていました。工場主に代わる代わる呼ばれて同衾しなければならないのです。こうしてことごとくの女工は、工場主に手をつけられていました。

こんなことをしていたら、工場主は寝首をかかれても仕方がないと思うのですが、現実は私の想像を超えていました。

女工たちはこれを「お慈悲を受ける」と呼んで、そうされることを望んだのです。子どもを孕めば手当が出るからです。うまくすれば妻か妾になれて、工場では働かなくていい。親たちもそれを望んでました。

逃亡するのは必ずしもそれを嫌がったためではありません。逃亡するのは子どもを孕むことができなかったためだと地元の人は語っています。子どもを孕むことがもっとも大事な仕事である女たちにとって、孕めないことで自分を責め、親に対する面目も潰れてしまって、いたたまれなくなったのでしょう。

この話を私はまず疑いました。筆者の組坂松史も同様で、こういった話をしてくれる地元の人に「ほんとうかな」と何度も聞いている会話が出ています。

女工が置かれた環境の悲惨さは『女工哀史』の範囲内とも言えますが、それに向かう女工たちの意識、親たちの意識は、『女工哀史』では読み取れず、現実は想像力をしばしば超えるものだとつくづく思い知りました。

そのことを知った上で、よくよく考えてみれば、女工たちが、工場主に呼ばれることを願っていたのもわからないではない。この辛い環境から逃れるもっとも確実な方法は妊娠です。親も喜ぶのであるなら、それを望むってものです。

また、それくらいしか娯楽がない。地元の人は「そういう女達にとって、たった一つの慰めは、エロだけだったんです」と言っています。つまりは、猥談とオナニーとセックスです。女たちは蚕を性器に這わせてオナニーをしたという話まで出ています。くすぐったいのを我慢して、工場主に呼ばれる日を待つ。この方法は「今(昭和20年代後半)」でも行われているとありますから、秩父に住む老婆たちに取材すればそんな話を聞けるかもしれない。

つまりは、『女工哀史』に書かれていたようなオナニーに関する噂話はどうやら本当にあったことらしい。全員が全員やっていたわけではないでしょうが、他に楽しみもないわけですから、やっていたのがいても少しもおかしくない。

工場主に呼ばれることは最大の娯楽であり、その日くらいは夜業から逃れ、おいしいものを食べられるかもしれない。

とりわけ秩父にある閉ざされた工場であれば、情報だって得られないわけですから、「こんなもん」と思ったであろうことは想像に難くない。

性については、自分の感覚を他者に投影する人が多いのですが、同じ時代、同じ地域に生きている人でさえもまったく違う感覚が身についている人たちがいくらでもいて、まして時代が違えば、今とは違う感覚が社会を支配していたかもしれない。その想像ができない人たちは性について語らない方がいいと思います。

この「五十円織姫の性態」は続きがあって、そちらこそがこの文章のメインテーマです。詳しくは次回。

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あなたの知らない性風俗史。
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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。