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「吉原炎上」のウソ 42/鷲尾浩の慧眼

公娼制度の廃止を求める廃娼派に対して、公娼制度の存続を求める人たちを存娼派と言います。この人たちは、必ずしも、当時の遊廓をそのまま肯定していたわけではなく、働く女たちにとってよりよい環境を作り出すことを求めていた人たちもいます。そのためには、廃娼派の主張はむしろ邪魔になるのだと。

こういう人たちが書いた本まで斎藤真一は読むべきでした。

鷲尾浩(1982〜1951)がその一人です。鷲尾浩は歴史小説家・鷲尾雨工の本名。鷲尾浩の名前でも、『婦女の姿態』(民衆之友社・昭和21年)『性の探究』(櫻書房・昭和27年)『絵で見る性生活の新工夫』(魚住書店・昭和40年)などなど、セクソロジー関連の本を多数残しています。

大正時代には、冬夏社という出版社を立ち上げて、自ら翻訳を手がけたブロッホ著『現代の性的解剖』、ハヴロック・エリス著『性の心理』などを出しており、この夏冬社で出版した全集「現代社会問題研究」の第十一巻として『風俗問題』(大正10年)を建部遯吾との共著で発刊。

この本は素晴らしい内容です。

原文を引用したいところですが、長くなりますし、読みづらい人もいそうな文章のため、簡単にまとめます。

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奴隷制度のごとき公娼制度は許しがたいものではある。しかし、この社会においては、必然的な制度であり、これをなくすためには、社会制度そのものを改革する以外にない。廃娼運動は、この本質的な問題を見えなくするのみであり、強いて公娼制度をなくすことは、富豪たちの生活をそのままにして、女たちをさらに不幸に追いやることに他ならない。形式的に公娼がなくなったとしても、女たちは私娼としてより過酷な条件で働くしかない。したがって、公娼制度を残した上で、よりよい環境を作り出すのが得策である。

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この辺の主張は、建部遯吾ではなく、鷲尾浩によるものです(すぐに探せないので確認できないのですが、たしかそうだったはず。上の文章は今回現物を見て書いたのではなく、かつてメルマガでまとめたものです)。

こういう結論を導き出すために、公娼制度のみならず、私娼の実情も数字で示し、非常に説得力のある論を展開し、廃娼運動の誤りを強く批判しています。

この時代に生きていたら、私もおそらく同じ立場をとったでしょう。

飢えて死にかねない農村の現実を見ずして、あるいは遊廓以上に苛酷な女工の現実を見ずして、遊廓のみを批判したところで問題は解決せず、それどころか、事の本質を見失う。それらの解決を求めつつ、遊廓を温存して、その中での労働環境、労働条件の向上を図るということです。

また、女たちが必要としていたのも、公娼制度の廃止ではなく、売春に対する批判でもなく、よりよく働ける環境ですし、よりよい条件です。

明治30年代には熊本の二本木遊廓にあった東雲楼でストライキが起きていますが、これも労働環境向上を求めたものであり、廃娼を求めたものではありません。

具体的に鷲尾浩が公娼の問題点として挙げているのは前借です。これが許されているから、女たちの自由が拘束されて、「奴隷制度のごとき」遊廓になってしまいますし、女たちの立場が弱くなってしまいます。

金を貸している以上、楼主は女たちが逃げることを恐れる。だから、行動を縛る。

前借をなくし、自由に仕事を辞められ、店を選択できれば、それこそ今の時代の風俗産業のように、自然と労働条件が向上します。

楼主たちも税金を搾り取られていたのですから、自ずと限界はあるわけですが、悪質な店を排除することはできます。

もちろん、これは他の産業においても同様で、必然的に、あらゆる産業に改革を求めることになります。

この本は当時非売品として少部数出されただけのようです。政治体制、社会体制を批判する内容を含んでいたため、おおっぴらには出せなかったのかもしれません。

農村の苛酷な現実があるから、工場は安い労働力を確保できた。また、農村の苛酷な現実と工場の苛酷な現実があるから、遊廓も私娼も人を確保できた。その際に前借を出した方が人員の確保が容易になり、管理もしやすくなる。工場も遊廓も同じです。

にもかかわらず、廃娼運動は社会の矛盾から目を逸らし、遊廓の制度や楼主たちだけを悪者にするだけの偽善的な運動でしたから、国家にとって、また、当時の支配層にとってはむしろ好ましい運動だったと言えます。だからこそ、政治家たちさえも、廃娼運動をサポートしたわけです。

廃娼運動が内包していた矛盾点や、その担っていた役割については、かつて繰り返し文章にしているので、ここではすっとぱすとして、そろそろ話をドラマに戻すとします。

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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。