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「吉原炎上」のウソ 43/平気でウソをつくテレビ

思い切り話が遠回りしてしまいましたが、話はドラマ「吉原炎上」です。

とくにこのドラマがひどいのではなく、ここまで説明してきたように、遊廓についての間違った情報は、今まで多くの書物やドラマ、映画で垂れ流されてきました。

したがって、このドラマだけを非難してどうになるものでもないのですが、たまたま観てしまったのが運の尽き。もう一年以上前のことですね。

母から祖母の話を聞いていたはずの斎藤真一でさえも、「遊廓で女たちは酷い目に遭っていて欲しい」という願望から、現実を歪めてしまいます。その斎藤真一の『吉原炎上』を「遊廓で女たちは酷い目に遭っていて欲しい」という願望でさらに歪めたのがドラマ「吉原炎上」です。

このシリーズで、あのドラマのおかしな点を縷々指摘してきたわけですが、それらにはほとんどすべてにおいて、その願望が反映されています。

「娼妓たちは外出できないで欲しい」

「娼妓たちは互いにいがみ合っていて欲しい」

「娼妓たちは年季明けの前に梅毒で死んで欲しい」

「娼妓たちは自分の運命を儚んで自殺、心中して欲しい」

「娼妓たちは火事で多数死んで欲しい(わざわざ吉原が全焼した時期にずらしている点)」

「死んだ娼妓は寺に投げ込まれて欲しい」

などなど。

ここまで一般的に流布する遊廓の見方がいかに間違っていて、いかに偏っているかを確認するために、ドラマ「吉原炎上」のおかしな点を指摘し続けてきたわけですが、最後に、もうひとつ、ふたつ、このドラマのおかしな点を見ていくことにしましょう。

ドラマでは、善人としか思えない人物をひどい悪人に仕立ててます。これは遊廓に対する誤解というより、原作を改竄することの問題です。しかも、あまりに無惨な改竄です。

久野の幼なじみで、結婚を約束した勇吉という人物が出てきます。彼は妹から久野が遊廓にいることを聞いて会いに来て、かつての約束を確認し合います。

いずれは結婚できるものだと思っていた久野ですが、勇吉が軍人であるというのはウソであり、結婚して、子どももいることを人から聞いて半狂乱になり、無我夢中で遊廓から逃亡したことはすでに書いた通りです。

遊廓から逃げ出した久野は、勇吉の家にまで行って妻子がいることを知ります。勇吉は久野に「誰が女郎と結婚なんてするか」などとひどい言葉を投げつけます。

この部分はドラマが原作をどう考えているのか、事実をどう考えているのかを雄弁に物語ります。

勇吉という人物がいたのは原作にある通りで、久野が遊廓に入る前から、彼らはセックスもする関係でした。これも、すでに指摘したように、ドラマではこのことには触れてません。

勇吉が妹に聞いて、久野に会うため、吉原に来るのは原作通りですが、最初から、勇吉は結婚して子どもがいることを告白しています。当然、久野がそのことを人から聞いて半狂乱になるなんてこともないし、それを確認するために逃亡もしていない。

現実の勇吉は繰り返し久野のところに客として通い、久野は外出許可を得て、遊廓の外で会っていたにもすでに書いた通り。

勇吉は、久野が火事で焼け出された時はすぐにやってきて、見舞金を渡しています。結婚はできずとも、互いの間には強い信頼関係があって、なお愛し合っていたのだと言っていいかもしれない。

軍人であったことはウソではなく、彼は戦死してしまいます。ドラマのようなひどい人間ではなく、原作では、久野にとっては最初から最後までいい人として描かれています。

「結婚しても遊廓に遊びに来るような人間をいい人として描くわけにはいかない」「売春をする人間と、その客の間に信頼関係などあってはならない」と考えたからといって、また、所詮遊廓の話だからといって、あるいは、その人物も関係者もとっくに死んでいるからといって、ああもひどい人物に仕立てることは許されないのではないか。もし久野が生きていたら、こんな改竄を許すはずがない。

原作のままではドラマにならなかったのかもしれません。世間一般にある遊廓の誤解をいちいち説明してられず、かといってそれを説明せずに、花魁がトップレディーだった時代をそのまま出すわけにもいかなかった事情は理解できないわけではないですが、だったら、原作なんて使わずに、オリジナルのデタラメをやればいいだけではないですか。

ドラマの勇吉がウソまでついて久野を弄ぶことと同様に、テレビドラマがウソまでついて、事実に基づいた原作を弄ぶことは、私は許されないと考えます。

視聴率をとってゼニを儲けるためにはなんだってやってのけるテレビに、表現者としての、それ以前に人としての当たりまえの倫理を求めることは土台無理な話なのでしょうか。

次回、「『吉原炎上』のウソ」の最終回です。

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あなたの知らない性風俗史。
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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。